「BLP」カテゴリーアーカイブ

大学教育研究フォーラムで登壇しました

大学教育研究フォーラムでにて、高校から大学、大学から大学院、大学から社会へのトランジションをテーマに行われたシンポジウムで、登壇させていただきました。僕は大学から社会へのトランジションをテーマに話させていただきました。

うまく伝えられていれば嬉しいと思うのはとりわけ、「血の通った仕組みを構築する」イメージです。制度だけでもうまくいかない、個人技だけでも発展しにくいわけで、人が気持ちを込めていけるような仕組みをどうやって作っているのか(作ろうとしているのか)をお伝えしたいと思って話していました。

19BLP運営合宿

2019年度スタート前のBLP運営合宿に行ってきました。

今年は二つの新しいことがありました。一つはデータを活用したクラスづくりが本格化したことです。例えばどういう受講生が伸びている(or伸びが鈍い)のかを見て、複数タイプの受講生を想定したクラス作りを考えるようになってきています。

もう一つは、これまでの蓄積を体系化したものと理論を踏まえて、運営の議論をしだしたことです。これには昨年出した本「リーダーシップ教育のフロンティア」が特に役立っています。世の中に知ってもらいたいと書いているわけですが実は自分たちが一番使っていそうです。^^

といったことは前進なのですが、これをやっていれば余裕で良いクラスが作れるわけじゃない、ということも改めて感じた合宿でした。現状維持の為ですら、強い想いに支えられた粘り強い思考と行動が必要なんだなと思いました。その点、教職員そしてSACAという熱い仲間がいることは恵まれているなとも思いました。

あと1つ。常に気をつけていないとならないと思ったのは、ただ楽しいクラスを僕らが用意しちゃったらダメだ、ということです。リーダーシップの授業なのだから、受講生がそういう場を作ることを学べるようにしないといけない、と。
最初は退屈に見えても、しんどくても
自分から動いて、本気でやって
人も巻き込んじゃえば
すごく楽しい場ひいては社会ができる
それをやる充実感ははんぱない、と
受講生が味をしめる
それを時間を掛けて徐々にやっていくのがリーダーシップ教育の一番大事なところじゃないか、と改めて今、思っています。

ネガティブ・フィードバックというよりもブレークスルー・フィードバック?

学期が終わりに近づいて来たこともあり、最近、フィードバックについてちょくちょく考えます。で、僕はネガティブ・フィードバックという表現も内容も好きじゃないので、何かもっといいのはないかな、と考えていました。

成長のためにはダメ出しが必要だというのはそう思います。しかし、うまくやらないと成功しないし、弊害もかなり大きいと思っています。弊害の代表例は、効率の悪い苦手克服にエネルギーを割きすぎて強みを伸ばせないし自信も失っていくとか。

と考えていてふと思ったのは「ネガティブ・フィードバック」よりも「ブレークスルー・フィードバック」と考えた方が良いのでは、ということです。

そのフィードバックを活かすとブレークスルーが起きて一段上に行けるようなダメ出しをしよう、と。フィードバックする方は「これクリアしたら一段上に行けると思う!」「まだまだこんなもんじゃないだろ!」とフィードバックするわけです。そうならないようなことだったら言わない方がいい。

受ける方は「ブレークスルーのためのフィードバックだ」と思って受け取れば、むしろワクワクしてくるのではないかと。先日までやっていた「下町ロケット」でもそうですよね。打開の糸口が見つからないで試行錯誤しているときは、「ここが問題だ!」(=ブレークスルーなネガティブ)と分かった瞬間、みんな狂喜乱舞してました。

という感じで、ポジティブ・フィードバックと組み合わせるのはネガティブ・フィードバックじゃなく、ブレークスルー・フィードバックじゃないかなあと、ちょっと試してみようと思います。

良い目標は「見えている景色を変えてしまう」その2

チームで何かをやっていると、人によってやる気に差が出てしまう、というのはありがちです。そんな時にも良い目標があると役立ちます。
 
それは「みんなが『それいいね!』と感じるようなエキサイティングな目標を設定する」ことと思われがちですが、実はもっと広く使える手があります。事例で見てみます。
 
先日ご案内した「立教経営学部1day Passport」(経営学部1年生360名が授業で学んだことを教えてしまうオープンキャンパス)、今でこそ2ヶ月前に定員の400名に達してしまうようになりました。でも、初めて行った2013年度には申込者がようやく1班に1人いる程度くらい少なすぎて、大学生が高校生役にまわらなければならない事態になりました。
 
しかしそれではせっかく高校生に教えようとがんばってきた受講生たち(大学生)のモチベーションがだだ下がりになってしまうとSAたちは心配していました。そこで次のように話そうと考えました。
 
「きみたちの役割はものすごく重要だ。参加する高校生達がリラックスして取り組めるように、きみらが行く班の大学生たちが本気で授業をできるようにするには、きみらの役割が欠かせない。つまりきみらはチームから外れるのではなく、より大きなチームの中で、共通の目標に向かっていく仲間だ。
 この初年度うまく行ったら、来年はもっと多くの高校生がきっとやってくる。きみらはパイオニアとしてものすごく重要な役割を担うんだよ。」
 
結果として、高校生役にまわった学生たちもその役割を全うしてくれました(立教生はこういう時、その気になると「なりきる」ことがとても上手です)。
 
チームの目標が「良い」ものとなるためには、それぞれのメンバーにとってそれが意味を持つ必要があります。ぱっと見ただけでその意味が分かるようなエキサイティングな目標を立てることも大事です。
 一方、上のケースのように「その人個人が果たす役割(=個人の目標)の意味づけをする」ことも、しばしば必要になります。それによってことで、その人に「見えている景色を変える」ことができます。ちょっと前に書いた「お母さんが家族を頼るようにする」という事例もそうでした。
おかげさまで今はこの立教経営学部1Day Passportも多くの高校生に参加してもらえるようになりました。一方、その様子を参観いただくことも可能です。詳細はこちらになります。興味のある方は、良かったらいらしてください。

こだわる人を変えるにはこだわりを使う

論理思考・選択(BL3C)の授業では時々、各人の具体的なテーマを持ちこんで、みんなで考えます。そんな中で興味深いテーマが持ちこまれました。

ある受講生のお母さんは、最近、忙しすぎて、見ていて心配になるほどなのだそう。仕事での責任が大きくなってきたのが直接の原因ですが、母親(シングルマザー)として責任感が強く、家族に家事をやらせたがらないとのこと。そこで、どうしたら家族(子どもたち)を頼れるようにできるか?というのが今回の課題でした。

学生たちはまず「子どもたちが引き受けられるようになる」というのを考えていました。確かにそれは必要です。料理など出来ること、しかるべき時にできるように家にいること、そしてやる時間や快く引き受けられる気持ちの状態にあることなどですね。

ただ、肝心のお母さんが「頼ろう」という気持ちにならないと、十分な変化は起きません。しかし、お母さんにはこだわりがあるようで、そこを変えるのはなかなか難しそうです。そこでどうするか?

きのう話したのは、ここでこそ、論理思考の「目的を押さえる」考え方が使えるということでした。世の中的に言えば「こだわる人を変えるには、こだわりを使え」という感じです。お母さんは「家事は母親の役割!」と、こだわっているわけですが、その先には「それが家族の健康と幸せな日々につながる」という目的が考えられているはずです。また、それを守るのは母親のミッションである、と考えているのでしょう。

であるなら、ここを起点にお母さんの説得をすると良さそうです。例えば「お母さんが健康でいてくれてこそ、家族は幸せな日々を過ごせるので、そのために家族が家事を分担できるようにすることがこの状況ではお母さんの大事な任務では?」と話すわけです。また、子ども達の将来まで考えれば、あらゆる家事を出来るようになっておくことが、彼らの幸せな日々につながるので、そうできるように今から家事をいろいろやらせるのもお母さんの大事なミッションである、というアプローチもあります。

このように、相手がこだわっていることがある場合、それを否定し倒す説得ではなく、提案が実はこだわっていることの本質により合うものである、と説得する手があります。

1から10まで教えないのには理由がある

今週の「論理思考とリーダーシップ」の課題は「zipファイルで提出するように」としたのですが、zipファイルの作り方はこちらからは教えませんでした。経営学部の1年生ほぼ全員が、人に教わるか、自分で調べるかしなければならない、という状況に置かれたわけです。

これは教えるのを忘れたわけでも、いじわるをしているわけでもありません。1から10まで教えないのには、理由があります。それは、

「世の中にはそういうことはよくあるから、今から慣れておいて欲しい」

ということです。同じ理由で、論理思考の授業でありながら、言葉の使い方はけっこうアバウトです。同じことを表すのに時によって違う表現で言ったり、厳密には定義しなかったりします。

これも「世の中はそういうものだから」です。常に正確かつ同じ表現で言ってくれる上司もお客さんもめったにいません。論理思考もビジネス界では、そんな中で使わなければなりません。つまり「不完全な表現の中からでも、相手が本当に言いたいことを推測する」力が、論理思考を使う前提となったりします(この推測自体にもバリバリに論理思考を使うわけですが)。

もちろん教材においては、しっかり考えて行くと分かるようにはしますし、難しいところをやっている時はこの度合いを下げたりします。でも、実戦のアバウトさや不親切さに耐えうるようにしていくことは、欠かせないと思っています。

学生アシスタントたちがすごいことになっています

大人が驚いてしまうような彼らの活躍は今年に始まったことではないのですが、先輩たちの積み上げのおかげもあって、今年のBL1SACAは特にスゴイことになっています。僕はここ10年、こういう、かなりやっちゃう形のSAたちを見て来ていますが、ここまで出来るのかと、僕ですら驚いています。

まず、彼らの中での連携がスゴイ。チームが作られていて、教材作成、施策徹底、介入、交流・共有、高校生BL1というように分かれているのですが、その中で、それぞれが各自の強みを活かしながら連携しています。問題提起の得意な人、質問の得意な人、レスポンスがいい人、盛り上げるのが得意な人、どう伝えたら受講生に響くか考えるのが得意な人、分かりやすいスライドデザインが得意な人、みんなをまとめてプロジェクトを進行していくのが得意な人などなど。そして当然、得意があれば不得意もあるんですが、そこをお互いにカバーし合って前にどんどん進んで行きます。またそれがチーム内だけでなく、各チームが考えたことを他のチームや全体に伝えた時にもいい感じで伝わっていて、みんなでボールを前に運んで行っている感じです。

次に、個としてスゴイ、と思います。僕が提示している方向性をとても良く理解していて、どうやってそれを実現するかをしぶとく考えています。例えば、受講生に論理思考をぜひ理解して欲しいのだけど、手取り足取りやってしまっては「自分から動き出す力」「つかみとる力」を伸ばす障害になってしまう。そこで、受講生自身が取り組んだ授業外実践を例に説明する(こちらが用意した題材ではなく)とか。

3つ目に成長がスゴイと思います。彼らも最初からこういう状態だったわけではなく、むしろ、最初はのんびりしていて「そろそろ動き出さないと」とはっぱをかけていた時期もありました。面談で「自信がないのが悩みです」と言っていたり、「このレベルの理解度では受講生への説明は任せられない」と僕から言い渡された人達もいました。しかし、そこからの伸びがスゴイです。SACA統括をやっている学生たちは去年のSAなのですが「去年の自分たちよりはるかに上手に説明している」と驚くレベルになってきています。

さて、今年度のBL1のキャッチフレーズは、

思考を変える らしさを伸ばす
動かす側になる

考える力を伸ばして自分を活かし、物事を動かして行く側になろうと。

まさにそれを体現しているのがSACAたちなので、受講生にも「動かす側になる」ことのエキサイティングさが自然に伝わっていくのではと、これはいい流れだなと喜んでいます。また、ここに我々教員が自分たちの強みを活かしながら関わって行き続けると、若者とベテランの強みを活かしたリーダーシップの例にもできるな、と。^^

マニュアルで一番読んで欲しいこと

コースリーダーをやっていると、自分が作った教材で多くの人が授業をすることになります(教員&SAなので36名)。その様子を聞いていると、ティーチングノート(教材におけるマニュアル)からの読み取り度合いに、当然のことながら差が出ます。

もちろん、それぞれの持ち味を出して欲しいので、ティーチングノートに上げているのは例に過ぎません。また、一言一句そのまま行こうとすると、やはりその人の普段の言葉や話の展開の仕方そのものではないので、どこか歪んでしまいます。また、ちょっとしたことがあちこちで抜けるだけで、全体としては「なんか変」とかなりかねません。

じゃあ、どうすると良いのか。

ティーチングノート(そして似たような領域のマニュアル)で一番読んで欲しいのは、

「意図」

でしょう。

このような展開にしているのは何を起こしたいからなのか? スライドの中のある文言を太字にしているのはなぜなのか? このワークの後は全体共有を入れずその分グループワークの時間を長くしているのはなぜなのか? あえて先に教えずワークをさせて後からやり方を説明しているのはなぜなのか?

そういった意図を読み取って展開してもらえる人の場合は、その他の部分はかなりティーチングノートと違ったことをやっていたとしても、狙っていた通りの授業展開になります。

じゃあ、かなり細かいやり方まで書いているのか? 僕はかなり細かく、ほとんどセリフのように書いてしまうのですが、それはその通りにやってもらうためではなく、具体例を見て

「イメージを持ってもらう」

ためです。「こんなふうに、意義の理解→構造の理解→やり方の理解と持って行くんだ」「こういう例をこういうふうに話して理解に落とし込むんだ」とイメージからつかんでもらうための。

なので、「意図」の部分をしっかり読み込んでから、細かい例を使って展開のイメージを持ってもらい、あとはそれぞれの得意なやり方で「意図」を実現してもらえたら、と思って教材を作っています。

またこういうことは、他の仕事においても実はけっこうよく当てはまるように思います。もし誰かに「メールに/マニュアルに書いてあったでしょ。ちゃんと読んでよ!」と言われたとしたら、それは「一言一句ちゃんと読めよ」ということではなく「意図をしっかり読んで欲しい」ということかもしれません。

なぜうまく行ったのかも考えてみて

9/18は「論理思考とリーダーシップ」(BL1)の授業前懇親会でした。この日は多くのBL1クラスで学内にて懇親会が開かれており、うちのクラスもその一つでした。

SACAたちや受講生幹事がよく企画を練ってくれたおかげで、
・お互いを知る
・打ち解ける
の両方が果たされたとても良い懇親会になったのですが、こういう時にけっこう忘れられがちなのが

「なぜうまく行ったのか?」

という振り返りです。「良かった点は?」と聞くと「お互いを知れて良かった」「打ち解けていた」と出て来るところで終わって「なぜそれができたのか?」まで行かないという感じで。

とりわけ、ちょこちょこ問題もあった場合は、問題の話に多くの時間が割かれてしまい、うまく行ったところについて「なぜ出来たのか?」は、ほとんど話されずに進んでしまったりします。

でも、なぜうまく行ったのかを考えておかないと、次はうまく行かない恐れがあります。担当者が変わったり、相手が変わったり、環境が変わったりすることで、うまく行かないことは大いにありえます。
また、初めてやってみた/これまでと変えたことがうまく行った場合は、それを関係者みんなで振り返っておくことで、チーム全体の成長につなげられます。

なお、僕らとしては「次は受講生達が自分でこれを仕掛けられる」ようにもしたいので、そのためにも翌日、成功要因と、次は変えてみたいことを振り返りました。

すべての瞬間を使うべし

きのうはSACAの研修第2弾でした。今回のテーマは授業進行(プレゼン)。BLPのSAは教員のガイドの元に、かなりの部分の授業を行います。その練習ですね。

初回の授業のスライドを1チームあたり2ページくらいずつ割り振って授業をやってもらいました。やるのはチームの代表1人だけですが作戦はチームで立てます。

授業を受けている設定の他のSACAたちも受講生がしそうなレスポンスを。あえてやりそうな間違いをしてみたり、当てられるまで発言しなかったり。

1チーム終るたびにみんなからフィードバック(良かった!&こここうしたら)がされ、それがどちらもとても良い感じでした。あと授業まで1週間なので、自信を持つこととさらによくするヒントをもらうことの両方が大事なのです。

その後は、僕からコメント。あんまりいろいろ言っても吸収しきれないので、僕は実は同じことを手を変え品を変え、言い続けていました。それは、目的のために

「全ての瞬間を使うべし」

ということです。例えば授業が始まる前、みんながぞろぞろ集まってくる数分も実はものすごく使えます。受講生に備品を配るなどの準備を軽く頼んで手伝わせてしまえば、次からはそれが標準になるとか。間違った発言をした学生がいたら「落とし穴にはまってくれたからこれからの話が際立つ」「間違えたところは絶対記憶に残る」と言ってみんなの発言を促進するし。

あらゆることを目的のために使えないか、常に考える、ということです。目的とは、受講生が「考え、自分から動き、人と関わって」学びを生み出すこと。

いよいよ1週間後から、クラスです!