論理だけじゃなく感情に目を向けるべき」という本当の意味


きのうの授業で学生から出た「今のワークでの気付き」の中に、「論理だけじゃなく感情に目を向けるべき」というのがありました。その背景は次のような感じでした。

班のメンバーが考えて来たプロジェクト案を読んで「こうしたら?」と提案をしたのだけど、どうもしっくりいないみたいだった。そこで「何をしたいのか」をもう少し探る質問をしてみたら、プロジェクト案に書いてあったこととはちょっと違うものが見えて来た。それはただ言っている内容だけじゃなく、その時の表情とかから分かってきた。

この気付きはとても良いと思います。ただ、それは「論理だけじゃなく感情に目を向けるべき」というよりも、もっと適切な言い方があるな、とも思いました。例えば、

「言葉をうのみにしてはいけない」とか
「人は思っていることを表現できているとは限らない」
「言葉は人の思っていることのヒントに過ぎない」とか。

↑こういうことを言うと、「だから論理屋は嫌いなんだよ」とも言われそうですが笑、あえて言っておきたいのには理由があります。まずこの話を「論理の限界」の話にしてしまうと、状況がこじれた時は「考えるのを放棄する」ようになってしまう危険を感じるからです。

次に、「言葉は人の思っていることのヒントに過ぎない」と考えれば、そのヒントをとっかかりに本当のところを探っていくことができるからです(この学生がやってみたように)。

ま、論理屋の言葉に対するこだわり、という面もあるんですが。笑