リーダーシップ開発懐疑派も納得させる三つの副産物

先日、今、執筆中の本のため、都立駒場高校の木村 裕美先生を取材させていただく機会があり、なかなか興味深いお話を聞けました(木村先生が家庭科の授業の中でリーダーシップ開発に取り組まれている様子はこちらの記事でよく分かります)。
一言で言うと「リーダーシップ開発は高校生にとって一石二鳥、一石三鳥である」ということです。
 
一つには、生徒達がアイデンティティを確立していくよい機会にもなる、ということです。リーダーシップ開発をやると、振り返りの中でクラスメートなどから自分の行動についてフィードバックを受けます。これにより自分の強みなどが分かってくるが、そういう機会は他になかなかない、という話でした。
 
二つ目には、主体性発揮の「リハビリ」になる、ということが上がって来ました。小学校に入るくらいまで子どもは「これをやりたい!」という主体性を持っていますが、小学校、中学校ではむしろそれを押さえて枠に沿って動くことを求められています。それが高校に入って急に「主体性を持って動くように」と言われるのですが、もう動けません。そこでリーダーシップ開発が「主体性を発揮する」感覚を思い出すリハビリになる、というわけです。
 
三つ目は、リーダーシップ開発において合意形成を学ぶ際、ロジカルに考えることや伝えることの重要性に気がつく、ということです。これはガチで合意形成に取り組んでこその成果ですが(なんとなく決めたり多数決に逃げるとそうならない)。
 
この3点はリーダーシップ発揮のためにも大事なことなので副産物というよりリーダーシップ開発そのものとも言えるのですが「こういう副産物がありますよ」という言い方をするのはそれはそれで意味があると思います。
 
それは「この子達にはリーダーシップとか(まだ)いらないんじゃないの?」とか「リーダーシップなんて本当に伸ばせるの?」と言う人たちにも、こういうことならば必要だね、と言ってもらえる可能性が上がることです。

部下や学生の積極性を高めるには?

先日、子どもたちが見ている「すイエんサー」(Eテレ)にちょっと興味を感じて見てみたら、ちょうど「お、いいねえ!」と感じることがありました。
 
この日のテーマは「ドッジボール」。自分も小学生の時に大好きだった記憶がありますが、番組に出て来た女の子達はボールが目の前に転がってきてもスルー。あるいは他の人に手渡しして投げてもらっています。とても消極的なオーラを放っています。彼女たちがボールを投げないのは、投げても全然ボールが飛ばないから。相手に当てるなんて、とても無理でわざわざ敵にプレゼントしているようなもの。それは逃げたくなるでしょう。
 
そこで始まったのが、ばしばし投げるための特訓。ただしスパルタトレーニングが行われるのではなく、二つのコツを教えられて、その通り練習するというだけの特別訓練です。
 
しかし、一つ目のコツでまず飛距離がぐーんと伸び、二つ目のコツで定まらなかったコントロールがびしっと決まってかつボールの勢いも増しました。そして実際の試合に臨んでも、その成果がしっかり出て来ます。そして、彼女たちの表情や姿勢が全然違う。自信を持ってうれしそうにボールを投げています。見ていてこちらまでうれしくなってしまいました。^^
 
そこで標題のことを改めて思ったのでした。積極性を高める一つのとても有効な方策は「やれる」ようになることです。やれないことにはどうしても人は消極的になってしまいますが、特にできなかったことができるようになった後は、とても積極的になるのではないでしょうか。
 
「そんなの当たり前だよ!」と言う人もいるかもしれませんが、意外とこのことは理解されていません。多くのマネジャー達が自分の部下のことを「積極性が足りない」と愚痴っています。教員も同じようなことがあるかも。しかも、相手ができないことについてただ「やれ!がんばれ!」と言っているだけかも? 「そのくらいのことはもうできないと」と思うことでも、「やらない」のではなく「やれない」のだ、ということは非常によくあります。
 
そこで必要なのは、彼らのレベルに合ったコツや踏み台です。それを提示するには、こちらがそのこと(上ならドッジボールの投げ方)と、相手の課題をちゃんと分かっている必要があります。
 
すイエんサー「バシバシ投げるぞ!ドッジボール」は9月16日(土)10:00amに再放送があるようです。見ているだけでちょっとうれしくなれるかも。^^

「教える」より「考えたくさせる」

いよいよ秋学期が近づいて来て、きのうはSAたちにプレゼン研修でした。BLPの授業ではSAたちが授業を進めることが多いので、重要なところになります。
 
それぞれに5分ずつ実際にやってみてもらいフィードバックをし合った後で話したのは次の3つのことでした。
 
★1.「理解」よりも「モチベ」を高める
説明して分かってもらおうとしても一度じゃ分からないし、レクチャーを聞いているうちに思考停止してしまう。なんとなくイメージがつかめれば、あとは自分でつかんでいく方が本当の学びになるので、「それ、できるようになりたい!」「がっつり取り組むぞ」とモチベーションを高めることが目標。
 
★2.「教える」より「考えたくさせる」
「考えるってこんな感じか!疲れるけど本質に迫っている感じがする!」となることが狙い。例えば「リーダーシップって何?」という質問も、リーダーシップ三要素とか言ってもらうことが目的ではなく、自分で考えること、考えたくなることが大事。
 
★3.「レクチャー」よりも「対話」
「レクチャー」ではなく、「対話」をするように授業を展開して欲しい。受講生が発言することもそうだけど、アイコンタクトやうなずきも含めてキャッチボールになっていくようにする。
 
簡単ではないですが、具体例も示しつつ「あっちじゃなく、こっち!」で行こうとしています^^。

必要なのは刷新?それとも改良?

唐突な質問ですが、現状を変えようという時、刷新、つまりこれまでやっていたことをやめて全く新しいことをやるべき時と、今のものを改良していくべき時と、どちらが多いと感じますか?
 
「それは状況によって違うでしょう」と言われればその通りなのですが笑、最近このことについて僕が感じているのは、刷新よりも改良に取り組むべき時がけっこう多いということです。少なくとも「刷新をするべきだ」と言われている時に「必要なのは改良では」と思うことが、その逆よりもずっと多いと感じています。
 
と言うだけだと感覚的な感じがしますが、自分ではそれなりに自信を持っている訳があります。それはまずこれらについて「方向としては正しい」とロジック的には考えられること。そして、二つ目に、やり方にまだ「改良の余地がある」と考えられることからです。
 
例えば先日ここで取り上げた「自由研究」。これを「やめてしまうべきだ」とか「全く新しいものに変えるべきだ」という声がすごく高まっているわけではありませんが、あたかも自由研究そのものが役立たずとか、ムダのように思われている節がありませんか。
 
しかし、探求するテーマを自分で見つけて行くことはぜひやっておきたいことですし、他になかなかやる機会はないのでは? また用意された正解を当てるのではなく自分で仮説を立てて答えを見つけ出すトレーニングも同様です。
 
でも、現状のやり方に問題があって、これらが結局あまり行えていないのも確かです。こういうケースで問題は主に二つのところにありそうです。一つは、やり方のガイドが足りないために狙いとしているところまでたどりつけないこと。もう一つは、本気で取り組ませるための工夫が足りないために「魂が入っていない」こと。逆に言えば、この二つを組み込めば良い、ということです。
 
この二つは自由研究にも当てはまりそうですが、当てはまるのは自由研究だけではありません。例えば僕らはこの秋からのクラスで「リーダーシップ目標」の活用について、この二つを強化しようとしています。リーダーシップ開発において、目標は非常に大きな意味を持つと考えていますが、まだ魂の入った目標を立てられていない学生や、活用し切れていない学生がそこそこいると考えています。そこで形だけの目標で放置するのでも、「形だけになってしまうのでやめてしまって他のことに力を注ごう」とするのでもなく、活用できるようにする方法、魂の入った目標を立てられるようにする方法を探ってみようと考えています。
 
ということで記事を終わりにしようと思ったら、一つ大事なことを忘れていました。そもそもなぜこんなことにこだわるかというと、刷新とか新たな手を考えようという一見良さげな方向が、実は問題の本質を詰めない単なる逃げであったり、本質的な解からむしろ遠ざかる後退であったりする恐れが結構あるからです。
 
さて、今、自分の前にある問題が必要としているのは、刷新でしょうか?それとも改良でしょうか?

二つのリーダーシップ開発の区別が重要

この秋新たに開講する、いわば「リーダーのためのリーダーシップ開発」の内容について、一緒に担当する舘野泰一さんと話していた時のことです。「リーダーシップ開発ってなんだ?」という話にいつの間にかなりました。
 
その時に思ったのが、二つのリーダーシップ開発を区別することが重要だということでした。正確にはこのうちの一つはリーダーシップ開発ではないとも言えますが、それでも行うことにはとても意味があります。
 
ではまず、二つのリーダーシップ開発とはどういうことか。これはリーダーシップが発揮されている時、二つのタイプの原因があり得る、ということです。なおここで言うリーダーシップとは「集団の前進のために自発的にメンバーが動くこと」を指しています。
 
例えば「授業内で、SAや受講生がどんどん自主的に動いている」時、一つにはそれまでの授業でリーダーシップを高めてきたから、ということが考えられます。まさにリーダーシップ開発の成果です。
 
一方、もう一つには「メンバーが前から持っている力が、環境が整っていることによってフルに発揮された」ということが考えられます。発言すると内容は間違っていてもプラスに評価されるし自分の気付きも大きくなる、よい質問を投げかける人がチームにいて普段発言しない人も発言しやすい、しゃべるのは苦手だが図解するのが得意な人達がいて、発表のためにそれが必要だからおのずと彼らが動くことになる等々。ここで各自がリーダーシップを発揮したのはそこで能力開発がされたからではなく、環境が整っていたからです。
 
この二つ(狭義のリーダーシップ開発と環境整備)を区別する必要があるのは、環境整備だけでは、整備されていない場でも発揮されるリーダーシップが育まれないからです。今、リーダーシップ開発は盛んになりつつありますが、一つの危険はこれです。学校だけでなく企業でも、「良い上司」が環境整備をしすぎて、むしろ悪条件でリーダーシップを発揮できる人が減る危険もあります。
 
しかし、「環境整備は不要。最初から悪条件で鍛えるべし」ということではありません。適切に行われれば環境整備は真のリーダーシップ開発にプラスに働きます。例えばこれまで自分から動いたことなんてなかった人が「これってだらだらしてるよりずっと楽しいじゃん!」と気づいたりします。そこから少しずつ環境整備をゆるめたり負荷を上げたりすれば、真のリーダーシップが開発されます。また多くの人は単に悪条件に放り込まれて「成果を上げればリーダーシップが伸びるぞ」と言われても、「ムリムリ」とあきらめるだけ、あるいはむしろ「リーダーシップなんて疲れるだけ」とアレルギーを起こしてしまいます。
 
つまり、環境整備と、それを超える環境で動けるリーダーシップの開発をうまく組み合わせて行くことがリーダーシップ開発においては大事、ということですね。