説得には1000のデータよりも1つの事例?


今日の論理思考中級クラスのテーマは「説得」。
説得のために大事なことというと、みなさん何を思い浮かべるでしょう?
がっちりしたロジックの組み立て? 大量のデータによる裏付け?
これらが有効なことはもちろん多々あります。でも、日常的な説得において、実はとても強力なのが、
   「たとえば」。それも事例によるもの。
特に、頭の中で動画が流れるくらい情景を描いたものは強力です。
たとえばある学生は「コンタクトレンズの使用法を守ろう!」とクラスメートに呼びかける説得のため、自分が目を痛めてとても怖い思いをしたことを語りました。たった一人の例であっても、身近な人の例は説得力を持ちます。時に、お医者さんに言われるよりも。笑
またこれは、身近な人でなくとも機能することがしばしばあります。例えばプロジェクト型の授業をやっていると「うちのグループの○○君が全然働かない」!という話を学生たちから時々聞きます。それを放っておくとその人は「やる気のない人」認定されてしまうのですが、そこで次のような話をするとちょっと変わります。
「その人がやる気のない人とは限らないよ。例えば以前こんなケースがあった。ある人が、グループワークで発言もあまりしないし、やってくるようにみんなで決めたこともやらなかった。しかもその人はバイトを理由にグループワークをだんだん休むようになった。みんなはその人が「やる気のない人」じゃないかと思い始めた。ところがあるメンバーが、その人とじっくり話をしてどうして来ないのか、やらないのか聞き出したら、「やらない」んじゃなくて「やれない」ということが分かってきた。
その人は論理思考にものすごく苦手意識があったので発言できなかったんだ。やってくると決めたことも、どうしたらよいか分からなくて、とりあえず書いてみただけど他の人達のものを見て出すのをやめ、やってこなかったことしたんだそう。でも、そうするうちに自分にとってもチームにとっても意義が見つけられなくなりグループワークに行くのが苦痛になってしまった。それでバイトを理由にして休むようになった。
それから、その人も含めてみんなで、どうやったらいい状態で一緒にやれるか考えた。そしてその人は「分かりにくい時に『分からない』と言う役」を果たすことになった。ちょうど、高校生に教えるための内容を各班で作っていたので、初めて論理思考に接する高校生にも分かるようにすることは重要だった。そしてみんなにとっても、噛み砕くことで「本当に」分かる役に立った。
これも一つの事例に過ぎません。でもおそらく、僕を知らない受講生に話したとしても、「なるほど、自分たちもその人を理解するトライをしてみるべきかも」と思うのではないでしょうか。
たった一つの事例で説得されてしまうのは、ロジカルではないとも言えます。でも、人間のそういう傾向を押さえておくことはロジカルです。