BL2本選終了

春学期も終盤を迎えて、まずは2年生のプロジェクト型クラスが決勝を終えました。60チームの中から5チームが選ばれます。
うちのクラスは今回1チームが選ばれ、学生が選ぶNo.1に輝きました。とりわけ僕らはちょこっちょこっとしたヒントしか出していないのに彼らが自分たちの力でそこにたどりついたことが良かったと思っています。人は「自分で獲得して成功した学び」こそ自分のものにできる、と思うからです。
そしてもう一つ、彼らがクライアント賞や教員賞を受賞できなかったところからも学んでくれればさらに素晴らしい、と思っています。成功体験と並んで人が学ぶのは、「悔しい失敗体験」からだと思うからです(「悔しい」ことは不可欠)。
一方、他のチームの中からも準決勝まで進んだり業界賞を受賞したチームもあったのですが、僕としては何も受賞しなかった残りのチームも良かったなと思っています。ある班は途中で何度も途方に暮れ、そのたびに立ち上がって来ていました。とても良い着眼点を持っていた別のチームは、その視点の活用が非常に難しいにもかかわらず最後までその路線で考え続けていました。このようにこだわってみるのも良いと思います。チームとしての動き方をとても工夫していたチームもありました。クラス全体の盛り上げのために動いてくれた学生たちもいました。
じゃあ、僕ら教える側が何をうまく出来たかと振り返ってみるとおそらく二つ。一つは「それやれたらいいなあ」と思えるビジョンというか未来を示すことができていたんじゃないか。特にSACAたちが「自分は去年こんな感じで、後でこうなった」という成功体験、後悔体験を語ってくれたことは大きかったんじゃないかと思っています。
もう一つは「踏み台の置き方がちょうどよかった」んじゃないかということ。アイスブレークや懇親会を「やらない?」と声かけはしつつ中身は受講生に考えてもらったり、「答え」は教えず質問をしていたり。「後で一つだけアドバイスするから、まずは自分たちの中でのフィードバックを整理しよう」とやったのも、その一つでした。

アドバイスは1つだけ

今日は2年生のプロジェクト型クラスが予選前リハ、1年生は予選1でした。最初はどうなることかと思った班もそれぞれがんばっています。特に2年生はさすがという感じで、別に教えたわけではないこともいろいろ駆使しています。そんなのを見ているうちに、普通にフィードバックするのが惜しくなってきました(2年生の話)。
僕の場合、通常だと「ここをもっと詰めた方がいい」と、こちらが大事だと思うことをだいたい3点指摘します。でも、ここまで来たら学生達どうしで「あと、何が必要なのか?」を考えてもらいたいなあと思いました。それでこそ自分で考える力がつくのではと。とは言いながらビジネスコンテストでもありますから、勝負がかかっています。彼らも勝つためのアドバイスは欲しいでしょう。
そこで考えて「アドバイスは1つだけ」することにしました。
まず今日のクラスではお互いにフィードバックし合ってもらいました。1班に対して2つの班から行きます。ちなみにクラス内は予選で直接対決しないので助け合う精神があります。そして、フィードバックされたものを各班で整理し方針を考え終わったら、僕に連絡をもらうようにしました。そうしたら、僕は1つだけアドバイスをします。自分たちで詰め切れていれば、僕のアドバイスがジグソーパズルの最後のピースになるだろう、というわけです。
人は結局、自分で獲得したものしか身につかない、と思っています。彼らにぜひ自分で獲得して欲しいですし、獲得する力を着けて欲しいと思っています。

インパクト体験棚卸しー世界観が変わる授業?

今週の論理思考(中級)クラスはインパクト体験棚卸でした。キャリアビジョンを考えるために、自分を作って来た体験を振り返るというもので、この回は、受講生の世界観を変えるんじゃないかと、けっこう本気で思っています。^^ 実は僕自身、このワークを4年くらい前に取り入れるようになってから、人についての捉え方が変わりました。

「そんなおおげさな」という感じですが、まずこのワークでみんなが驚くのは「みんな、いろいろなことを乗り越えてきているんだ、自分だけじゃないんだ」ということです。いろいろというのは例えばいじめにあったり、ぐれたり、先生にぼろぼろの扱いを受けたり、自分のミスで大事な試合に負けたり、キャプテン失格だと思ったり、大学に入ってもグループワークについて行けなかったり。

って、ネガティブなことばかりあげましたが、もちろんポジティブもいろいろ出て来ます。ただ、ネガティブがあるからこそ感情移入がぐぐっと起きているのだと思います。悩んできたのは自分だけじゃないんだとか、彼女/彼はこういうことを経たからこそ今強いんだなとか。

そしてもう一つ人によっては起きているんじゃないかと思うのは、「自分が過去に出会った横暴なキャプテンとかグループワークをサボっていたクラスメートとかも、もしかしたら同じようにもがいたり悩んだりしていたんじゃないか?」と考え始めることです。もしそういう思考が始まったら、人についての捉え方が変わってくるように思っています。

人についてだけじゃなく自分についての捉え方も変わって来ます。このワークでは、上記のインパクト体験から相手の「強み」を見つけることをやります。何かで優勝したとか成功したといったポジティブな体験から強みが見えるのはもちろんですが、本人がネガティブ体験だと思っているものからもいろいろ見えて来ます。

例えば「大学に入ったら遊びほうけていた」ことを本人はネガティブ体験だと思っていたのだけどグループの人から「遊びに打ち込んでいるじゃん。打ち込む対象が変わっただけだよね」と言われてはっとした、という人がいます。あるいは受験で失敗したことについて「支えてくれた親や先生に申し訳なかった」と書いているのを見て「普通人のことまで考えられないよ?」と言われた人もいました。また、病気やいじめ、家庭内の不和から「その境遇の人の気持ちが分かる」「忍耐強い」といった強みを獲得してきた人達もいます。

こうして自分の強みがいろいろ見えて来ることで、自己肯定感が上がって行きます。また「全ての体験には意味がある」と思えてきます。もしかするといろいろなことに対する取り組み方も少し変わってくるかもしれません。そして、このような自分では気がつきにくい強みをお互いに探し合うことで、仲間意識やお互いに対するリスペクトも高まっているんじゃないかな、と思っています。

もちろん、このレベルのワークになるためには、関係構築と考える力を高めておくことが必要です。この授業でもかなりいろいろな工夫を少しずつ組み込んできましたが、その話はまたの機会に。

説得には1000のデータよりも1つの事例?

今日の論理思考中級クラスのテーマは「説得」。
説得のために大事なことというと、みなさん何を思い浮かべるでしょう?
がっちりしたロジックの組み立て? 大量のデータによる裏付け?
これらが有効なことはもちろん多々あります。でも、日常的な説得において、実はとても強力なのが、
   「たとえば」。それも事例によるもの。
特に、頭の中で動画が流れるくらい情景を描いたものは強力です。
たとえばある学生は「コンタクトレンズの使用法を守ろう!」とクラスメートに呼びかける説得のため、自分が目を痛めてとても怖い思いをしたことを語りました。たった一人の例であっても、身近な人の例は説得力を持ちます。時に、お医者さんに言われるよりも。笑
またこれは、身近な人でなくとも機能することがしばしばあります。例えばプロジェクト型の授業をやっていると「うちのグループの○○君が全然働かない」!という話を学生たちから時々聞きます。それを放っておくとその人は「やる気のない人」認定されてしまうのですが、そこで次のような話をするとちょっと変わります。
「その人がやる気のない人とは限らないよ。例えば以前こんなケースがあった。ある人が、グループワークで発言もあまりしないし、やってくるようにみんなで決めたこともやらなかった。しかもその人はバイトを理由にグループワークをだんだん休むようになった。みんなはその人が「やる気のない人」じゃないかと思い始めた。ところがあるメンバーが、その人とじっくり話をしてどうして来ないのか、やらないのか聞き出したら、「やらない」んじゃなくて「やれない」ということが分かってきた。
その人は論理思考にものすごく苦手意識があったので発言できなかったんだ。やってくると決めたことも、どうしたらよいか分からなくて、とりあえず書いてみただけど他の人達のものを見て出すのをやめ、やってこなかったことしたんだそう。でも、そうするうちに自分にとってもチームにとっても意義が見つけられなくなりグループワークに行くのが苦痛になってしまった。それでバイトを理由にして休むようになった。
それから、その人も含めてみんなで、どうやったらいい状態で一緒にやれるか考えた。そしてその人は「分かりにくい時に『分からない』と言う役」を果たすことになった。ちょうど、高校生に教えるための内容を各班で作っていたので、初めて論理思考に接する高校生にも分かるようにすることは重要だった。そしてみんなにとっても、噛み砕くことで「本当に」分かる役に立った。
これも一つの事例に過ぎません。でもおそらく、僕を知らない受講生に話したとしても、「なるほど、自分たちもその人を理解するトライをしてみるべきかも」と思うのではないでしょうか。
たった一つの事例で説得されてしまうのは、ロジカルではないとも言えます。でも、人間のそういう傾向を押さえておくことはロジカルです。