イクボス式教育第1回フォーラム

きのうはコヂカラ・ニッポンさんの「イクボス式教育第1回フォーラム」で講演者およびパネリストとして登壇させてもらいました。これからの社会でどういう人が求められているのか、それに対して親はどう子育てをして行くべきかを考えるというもので、とても興味深くかつ今後に示唆のある機会でした。
まず印象的だったのは、青野慶久さん(サイボウズ 代表取締役社長)と高倉千春さん(味の素 人財マネジメント部長)から「ビジネス界で求められる人材」ということで話された内容が、ものすごく重なっていたことです。それは、多様性に対応できることであり、自分の考えを持てることであり、生産的に議論できることでした。
またそれは僕が「立教のリーダーシップ教育で伸ばそうとしていること」として話そうと思っていた内容と非常に重なっていたので、ちょっとびっくりしました。もちろん社会でこれから必要なことを身につけてもらおうとやっているので重なるのは自然なのだけど、そこまで重なるとは正直思っていなかったのでした(その理由は後述)。
さらに実は、コヂカラ・ニッポン代表の川島高之さんが提示された「イクボス式教育の定義と10ヵ条」もすごく重なっていました(写真)。僕の後に話されたコヂカラ・ニッポンの中原久子さん、林田香織さんの活動紹介からも、そういう子育てを地域ぐるみでやろうとしていることがよく伝わって来ました。
それだけ考えていることが重なっているならどんどん進めて行くだけでは?となりそうですが、そこが一筋縄では行かないし、それをどうするのかというのが、第二部のパネルディスカッションのテーマだったのだと思います。モデレータの浜田敬子さん(AERA前編集長)からいきなり投げかけられた「さっきの話は理想だと思いますが、実際にみなさん家庭でもやっておられますか?」という問いはその皮切りだったと思います。家庭だけでなく学校でも会社でも難しい。本当にやっているか?と言われるとまだまだな部分も多いと思います。
例えば「多様性に対応しよう」と言いつつ、自分と違う価値観や行動パターンを受け入れるのは難しいものです。また「考えられるようになって欲しい」「主体的に動けるようになって欲しい」と思いつつ、(良かれと思って)「○○しなさい」と具体的に言いまくって考える余地もヒマもなくしてしまっている恐れもあります。つまり、この方向に向かうには、けっこう本能や感情に逆らうことをやらないとならないわけです。しかも忙しすぎる現代人には「聴く」とか「待つ」とか「共感する」というのは「とてもそんな時間ない」となりがちです。
じゃあ、どうやってこれを乗り越えるのか? 僕自身がその場で得たヒントとしては、「応援する」こと。これは飛び入りでパネリストとして参加された生重幸恵さん(スクール・アドバイス・ネットワーク 理事長)が「学校に行って先生を応援して欲しい」と言われていたことから思ったことです。自分のことばかり考えたりやったりしているんじゃなくて人を応援していると、忙しいはずなのに不思議と気持ちに余裕が出て来て「本当は(自分で)やらなくてもいいことも多いんじゃないかな」と見えてきたりします。「許せないな!」と思うことも「本質を共有できていればいいんじゃないの?」と見えて来たりもします。
あとどなたか言われていた「頼る」こともいいなと改めて思いました。リーダーシップとはよく人を巻き込むことと言われますが「頼ることだ」という見方もできます。それは周りのリーダーシップを引き出すことにもつながるので、命令するとか伝達するとかじゃなく、気持ちを込めて頼る、と。安藤哲也さん(コヂカラ・ニッポン理事)は「楽しむ」をキーワードに「僕は前世がイタリア人なんで…」と会場の笑いを取られていましたが、日本人としては「おかげさまで」をアップグレードして行くのも良いかなと。笑

「ロジシン作戦会議」開催

久しぶりにオープンの論理思考講座を行うことにしました。下記のようなやり方になります。興味のある方はお問い合わせください。(とは言いながら既に満席となっていまして^^; 今後開催の時にお知らせさせていただきたいと思います)

ロジシン作戦会議
(ロジカルシンキングによる課題解決作戦会議)

各自の持ち込み課題について「作戦会議」を行い、同時にロジカルシンキング(論理思考)を学びます。それぞれの課題を扱う時間は20分前後しかありませんが、「どのように考えるか」をつかんで、後は自分で考えられることを目指します。なお僕自身は、情報から考えられる限りの具体的な解決策まで考えて行きます。

日時:3月9日(木)、3月22日(水)
いずれも19時〜21時半(単発参加可能)

場所:3月9日は新宿になりました。3月22日は新宿か五反田を予定しています。

参加費:1万円/回(+消費税)

参加資格:
・持ち込み課題を持っていること
・他の人の課題解決にも参画する気持ちを持っていること
・お互いの持ち込み課題内容について守秘義務を厳守できること

人数:5名〜8名

失敗から学べるには成功体験が必要

Facebookで前ポストの内容を書いていたら、「教育で必要なのは失敗から学ぶマインドを身につけさせること」とコメントしてくださった方がいました。

このコメントはその通りだと思います。しかし、これが教育提供者側の「だから失敗しても仕方がない」という言い訳とか、単に難しいことを浴びせかけて教育している気になってしまうのはまずいと考えています。その理由は次の二つです。

まず、失敗し続けると人は挑戦しなくなります。それは最悪の教育です。二つ目に、試行錯誤(=失敗から学ぶこと)の後に成功してこそ、次も「失敗から学ぼう」と思うようになります。つまり「失敗から学ぶマインド」が身につきます。

つまり、教育でこそ「必ず成功させる」ことが大事になると思うのです。

挑戦し続ける教育のために必要なこと

昨日、「困難にぶつかって、逃げなかった人たちは、明らかに成長している」と書きました。これはとても強く思うことで、かつ大事なことだと思いますが、これだけだと当たり前のことを言っているだけとも言えます(そりゃ、大変なことに挑み続ければ力は伸びるだろ^^;)。

こと教育の中でこれを考える場合、なかなか難しい二つのタスクを考える必要があります。なお「考える」の主語は、教員や親、そしてマネジャーにもある程度あてはまります。その内容は、

  1. 困難に挑戦するように仕向けること
  2. がんばった人はある程度「自力で」「成功」するように、サポートすること

です。どちらも簡単ではありません。

1について起きがちなのは、相手が挑戦など全く拒否するとか、適当に流してしまうことです。本人は適当なつもりはなくとも「形だけ」になってしまうことは珍しくありません。例えば校内マラソン大会とか、夏休みの自由研究とか。受験勉強ですら「真剣さが足りない!」と思う親や先生は多いのではないでしょうか。

そこで真剣に、思い切り取り組んでしまうような「演出」が必要になります。僕らがこの1月に大学の授業でやっていた「高校生に教える」のはその一つでした。

2について起きがちなのは、挑戦はしたが難しすぎて(サポートが足りなくて)失敗してしまうことです。「乗り越えたやつだけ残ればいい」というのは教育としてはイマイチです。「試行錯誤した上で最後はなんらかの成功をする」ように持って行くべきだと僕は考えています。

一方、サポートし過ぎて「自力で」にならないことも問題です。親が夏休みの自由研究を全部やっちゃったみたいな感じです。それだと昨日書いたようなことは得られません。放置でも過干渉でもない、ちょうど良いところになるようサポートするのが、難しいけれども理想です。今期の「論理思考とリーダーシップ(BL1)」は、それがこれまで以上にできたように、自分では感じていてうれしく思っています。

困難にぶつかって逃げなかった人たちは明らかに成長している

「困難にぶつかって、逃げなかった人たちは、明らかに成長している」

今学期の最終評価をしているところで、受講生の提出課題(今学期振り返り)を見ていて感じることです。

僕が担当しているクラスでは、毎週のように提出物があります。また授業中も受講生が発言している時間がけっこうあるので、見ていて「壁にぶつかっているな」と個人でもチームでも分かります。

その時、適当に流したり、人任せにしたりせず、試行錯誤して行った人たちは、やはりはっきり成長しています。

それが見えるのは一つに、本質に近づいていること。自分の本当の強みは何なのかとか、チームが前進する上で何が大事なのかとか、キャリアビジョンって何なのか、とか。答えにはたどり着いていなくとも、確実に前進していることが、考えている内容から見て取れます。

二つ目に、困難にぶつかってもめげない、たくましさというか、腹の据わった感じ、ある意味での開き直りを身につけています。それはかっこいい感じばかりとは限りません。むしろ「格好悪くてもなりふり構わず行ける」と言った方がよいかもしれません。そして、それが実は格好悪くないのです。

最後に、これはけっこう大きいと思うのが、この人達は困難にぶつかっている人の気持ちが分かるようになったということです。「自分もそうだったよ」と話せるようになった、ということです。