「権限なきリーダーシップ」とわざわざ言う意味

「権限なきリーダーシップ」という言葉はよく聞きますし、僕も授業などでよく使います。しかし、そもそもなぜわざわざ「権限なき」とか断るのでしょう?

一つの考え方は、権限がなくてもリーダーシップを発揮「していい」のだという意味です。リーダーシップを発揮してよいのはリーダーだけではない、みんなやってよいのだ、と。例えば誰かが「変えた方がよい」と思っている状況で「やっちゃえばいい!」と言うと「いや、でも自分はリーダーじゃないから…」と返す、といった感じです。

それはそれでありそうですが、もう一つの考え方がとりわけ日本においては大事ではないかと僕は考えています。それは権限がなくてもリーダーシップを発揮「するべき」だし、発揮「した方が絶対得」ということです。

「○○していい」とか「○○できる」と言って相手が動き出すのは、その人がやりたがっている時です。でも多くの人はリーダーシップなど取りたいと思っていませんよね。火中の栗を拾いに行くようなことはやらなくて済むことを願っているのでは。その状態で「できる」と言うだけでは、動き出す人は少ないでしょう。

そこで日本のリーダーシップ教育においては「リーダーシップは絶対発揮するべきだし、した方が絶対得」と受講生が納得するように持って行くべきだろうと考えています。つまり「自分が動き出すことで状況が良くなる。それを感じることはうれしいもの。またそうやって役に立っているということは自分がそういう価値を持っていることになる。あと、ありがとう!と言われるのはかなりうれしいものだよ」と腹オチすることが、リーダーシップ教育においては非常に重要ではないかと。

メタに上がれ!-大学生研究フォーラムに行って来ました

京大で開かれた「大学生研究フォーラム2016」に参加してきました。今回のテーマは「経験で終わるな、メタに上がれ!」。一般の人からすると、大学は理論(=メタ)を学ぶところというイメージがあると思うので、ちょっと不思議に見えるかもしれません。どうしてそこをやるのか、僕なりに考えたのは二つです。

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まず、日本企業では経験が重視されすぎたり経験で止まっているケースが少なくないことです。経験が知恵、特に共有知に引き上げられていないことがとても多いです。その結果、状況が変わると合わなくなっていたり、個人でしか経験を活かせていなかったりします。そこで大学のうちから、「経験から知恵を引き出せる」ような教育をしておくべきだということじゃないかと。

二つ目は、今の教育界の「アクティブラーニング」への流れから。アクティブラーニング自体は良いのですが、もしそこに「メタに上がること=知の抽出」がないと、何も学べない恐れががあります。これは既にアクティブラーニング的な教育を行っている立教経営でも注意するべきことだと考えています。

そして、中身の話です。要約は同僚の舘野 泰一さんがblogにまとめているので、僕としては、自分の備忘だけ上げておこうと思います。自分がどう使えるかという視点で書いているので、読んでいる人の参考になるかどうかはその人によりそうですが^^。
舘野さんのblog
レポート前編
レポート後編

★1.メタに上がるには経験の質が重要
発表された企業や大学の事例を聞いていると、意味のあるメタ(僕的に言うと「要は」)を引き出せているのは、経験の質が良いケースです。例えば京都大学のエレクトロニクスサマーキャンプでは、LEGOマインドストームで競技ロボットを作り優勝を目指すことに対して、参加者が自主的に泊まり込んでしまうほどのめり込んだとのことでした。そういう経験があるからこそ振り返りが大きな意味を持つのであって、適当に流して取り組んだ時の振り返りは、それなりか、悪くすると全く価値のないものになってしまうでしょう。これは立教BLPにおける振り返りでも同じことが言えます。

そして、経験の質を高める確実な方法は、背伸びしてようやくとどくレベルに挑戦することです。ということはどうやって「挑戦したい」と思わせるかがポイントですが、今回はその話までは行きませんでした。

★2.メタに上がるには論理思考力が不可欠
このこと自体は当然のことなのですが、論理思考教育を専門としている立場からは、登壇される方々が次から次へとこのことを口にされるのに「へぇ〜〜」と思いました。なおこれは今日だけでなく、先日の立教リーダーシップカンファレンスでも起きていた現象です。今回でいうと特に興味深かったのは、オージス総研 行動観察研究所の松本加奈子さんがプレゼンされていた「リフレーミング」。
a.常識から逸脱した現象を見つけて
b.それを説明するロジックを考え(インサイト)
c.そこから新たなものを生み出す(フォーサイト)
となります。例えば、高齢者の生活を観察する中で、彼らが自分のためではないことにお金やエネルギーを使っているのを見つけて、思考がスタートします(孫に何か買ってやるレベルを超えた話)。「人は自分の直接的な楽しみや得を求めている」という常識とは違った解釈を探し始めるということです。そして、高齢者も/だからこそ?自分が価値のある人間だと感じられることを求めているという仮説を立てます。この方向にある商品を考えることで、新たな考え方の商品が生まれるというわけです。

★3.目標設定とキャリアビジョン探求が大きな意味を持ちそう
1の最後に書いた、いかに「挑戦したい」と思わせるか?という一つの答えとしては目標設定だろうな、と聞きながら考えていました。「やりたい!」と思える目標を持っていれば人は挑戦します。また経験から解釈を引き出す際にも一生懸命考えますし、目的が分かっているので解釈が引き出しやすいのです。

キャリアビジョン探求が重要というのは、自分が何をしたいのか、何に強いのかを分かっていれば目標も立てやすくなるということです。なお、キャリアビジョン探求自体がメタに上がる思考でもあります。過去を振り返ってあるいは日常の中での自分のまさに行動や感情を観察して、自分についての「要は」を引き出すことだからです。

最後に、今回のフォーラムから僕自身として得るところの大きかったのは、大学関連でこういうことを考え&実践している方々とたくさん会えたことでした。舘野さんが次々と紹介してくださったこともあって、持って来た名刺が途中でなくなってしまったほどでした。笑 今後につながりそうな予感がします。^^

中高生のキャリアビジョンワークショップ

公文国際学園でのキャリアビジョンワークショップ(6回シリーズ)が本日終了しました。中三生と高一生たちが自分の内面をグループワークしながら探り、キャリアビジョンにつなげ、どんな職業が考えられるかにも触れ、最後は学校生活における目標設定に落とし込むというものでした。

大学生ではもうかなりやってきていますし、強みや応援したい人たちを「インパクト体験」から探るところまでは淑徳与野で行って来ています。今回新しかったのは、そこから職業についても考え、さらに学校生活における目標設定につなげたところでした。そして中高生でもサポートが入れば結構できることが分かりました。なお、キャリアというと職業(先生、医者、弁護士とか)を考えがちですが、こういう「名詞」で考えるより、「誰に」「どんなやり方で」「どんな価値を提供する人」と「文」に落とし込む感じです。

もちろん、まだ見えないことは大学生以上に多くあります。しかし一般的に思われがちなレベル以上にいろいろと見えていると思います。そして、大きく二つのメリットがあると感じました。

まず一つは、本人の強みが新たに発見できることです。当たり前だと思っていたことや、ネガティブにさえ捉えていたこと、全然気がついていなかったことから強みが見えて来ます。すると自己肯定感・自己効力感も高まります。先生方からはこの自己肯定感・効力感は大きいとの感想がありました。

二つ目は、勉強をはじめ今やっていることの意義がより見えて来ることです。例えば人とコラボして何かを生み出していきたいと思う人が、嫌いだった国語の勉強に意味を見いだせます。人とコラボするなら、人を理解し人に理解されるコミュニケーション力をつける必要がある、とつながるわけです。